2005年11月02日

秋吉茂 文学碑

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秋吉茂氏のルポルタージュは、ペーソスがありユーモアがあり、男の憂えと怒りがあり。最も正確な報道文でありながら、優れた小説の持つ面白さを備えている =海音寺潮五郎=
文学碑制作 石彫家 半田富久



「美女とネズミと神々の島」秋吉 茂 著

悪石島は鹿児島の300キロ南方沖に浮かぶトカラ列島のひとつ。「美女とネズミと神々の島」はその悪石島で暮らした一カ月間のルポルタージュで、昭和35年に朝日新聞の人気シリーズ『底辺に生きる』の連載コラムで、南海の孤島の様子は朝日新聞に10回に亘って連載され大反響になった。貧窮する島の様子は、この本によって全国に広く知られることになりました。当時、朝日新聞西部本社に在籍していた氏は、実に38時間をかけて島に渡ったそうです。「美女とネズミと神々の島」はその後加筆・編集して単行本化したものです。「日本エッセイストクラブ賞」受賞した秋吉茂氏は2003年4月に逝去。2005年8月20日に行われた文学碑除幕式には、夫人の美代子氏、子息の潮氏、故人の盟友で碑を建立した石彫家・半田富久氏が出席しました。




posted by 秋吉茂 at 19:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文学碑のある島 トカラ列島 「悪石島」とは

鹿児島から船で12時間余。 島には民宿が5軒。 人口は38所帯の約80人。 島の特産物は塩とトビウオやサワラの燻製。温泉や釣りを観光客は楽しめます。 300頭を超える牛は自然放牧、台風でも放ったままです。急な斜面を苦ともせずにのんびりと野草を食む牛たちは、見るからに健やかで幸せそう。 悪石島の名前の由来には諸説あります。隠れ住んだ平家の落人が、追っ手が近づかないように恐ろしい名前を付けた。台風などによる崖崩れが絶えないため、島の石への恨みを籠めて命名したノノなど。

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posted by 秋吉茂 at 17:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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